徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ・7週目ミニ小説・第六章「前線の街」~another side~

ギィ、と修道院のドアが開く。
入ってきたのは、裕福そうな商人風貌。
銀糸を縫い込んだ、チョッキに
赤いガウンと派手な出で立ちで
ブーツの音を響かせて入ってくる。
修道院の中で遊んでいた子供たちは
そちらの方を見ると
そそくさと奥へと引っ込んだ。
人見知り、というやつである。
だが、一人の少女が取り残された。
音がする方向は分かるが
視覚的にどういう人物が入ってきたのかは
分からない。

その少女の名前はシール。
海難事故のせいで、失明し今に至る。
故に、何時もワンテンポ遅れて
人よりも後に行動する事が多い。
 
 
「アグザルと言う男は居るかね?」
 
髭を蓄えた、恰幅の良い商人は、
明るい声で少女にそう告げた。
奥から、シスターマリアが
慌てて対応に出てくる。
 
「はい、今すぐ呼んできます。」
 
マリアは、再び奥へと踵を返して
呼びに行く。

シールは、その間様子を伺うようにして
商人の方に見えぬ瞳を向けていたが、
やがて自分も静かに
修道院の奥の部屋へと
移動する。
その刹那、アグザルの気配とすれ違った。
 
 
「おじさん、お仕事の話?…危ない事はやめてね。」
 
小声で、アグザルにそう言うとシールは少し
眉根を寄せてアグザルの服の裾を軽く掴んだ。
 
「シール、何も心配する事はないぜ。だが気を使わせちまって
悪かったな。大丈夫だ。あぶねぇ事はなしだ。」
 
アグザルは、微苦笑を漏らしシールを励ますように
己の裾を掴んだ手をぽんぽんと大きな手で軽く叩いてやる。
シールは、安心したように
裾を離すとアグザル達の邪魔にならぬよう、
その場から去るのだった。
 
「今回の仕事は商船の護衛任務だ。受けてくれるかね?」
 
商人が言う。
アグザルが貴重な船乗りの経験を持つ
傭兵と言う事でその評判を聞いて直に
護衛を頼みに来たのだ。
傭兵ギルドに登録している傭兵の数は多いが
なかなか海上での仕事、荒事を任せられる
人材は少ない。
 
アグザルは2つ返事でこれを了承し、
前金として中ぐらいの袋いっぱいの
金貨を受け取るのだった。
 
仕事の内容はと言うと、簡潔に言えば言えばこうだ。
 
『積荷を狙う海賊が襲ってきたら、
叩きのめして追い返して欲しい。』
 
出航の日は数日後、
その後一週間前後はアグザルは船上の人となる予定だ。
その事をシスター達に告げ、
自分は身軽な格好で船着場の宿舎へと赴く。
割り当てられた宿舎で寝泊りして、航海の日を待つのだ。
やがて、その日が来た。
 
天候は上々。冬ながらも穏やかな日差しが
顔や肩に降り注ぎ、船着場で忙しく積荷を運ぶ
船員達を明るく照らしていた。
 
「俺も運ぶの手伝うぜ。」
 
アグザルは気さくに、船員の一人にそう声を掛けて
ずっしりとした積荷…肩に当たる感触からして
小麦粉か、塩か…その辺りの荷を
運んでいく。
やがて積荷は全て船の中へと収まり
出航の時間となった。
 
「……。」
出航から丸一日。
何事も無く、一日が終わろうとしていた。
時刻は、夜に差し掛かり甲板の見張りの交代の
時間となった。
アグザルは、潮の香りを嗅ぎながら
甲板の手すりにもたれかかり
夜の海を見ていた。
ざぁぁ、ざぁぁーーーっと
船に当たっては砕ける波の音が耳に心地よい。
だが、その静寂を破るように
見張り台から大きな声が上がる。
 
 
「後方に不審な船を発見!どんどんこちらに近づいて来るぞ。」
 
 
(来たか…やはり狙うのは夜なんだよな。)
 
アグザルは自らの経験則上、大体の予想が付いていた。
かつての自分も、海賊紛いの行為を働き
船を守る罪の無い者達の頭を
斧でかち割って来たのだ。
多くの血が流れ、それと引き換えに多くの富を得た。
そんな過去を最近おぼろげながら思い出して来ていた。
 
(…不思議な運命だよな、今度は俺が
海賊とやり合うなんてぇな。)
 
アグザルは自嘲気味に笑うと、己の愛用の斧を
腕に収め、声を張り上げて指示を出す。
 
「奴らは風下に居る。それは何時でも
逃げられるようにと言う事だ。
つまり及び腰というこった。恐れる事は無い。
奴らの船に取り付かれても
俺達傭兵が船員と積荷を守るぜ!」

その声に、どやどやと船室から他の雇われ傭兵が
駆けつけてくる。
体躯の大きい、スキンヘッドの男が大剣をすらりと抜き
一方では小太りの男が重そうな石弓
に矢をつがえる準備をしている。
 

と、後方に注意を向けていた傭兵達は突然の船の揺れに
大きく足元を揺るがせる。
 
「…!?反対側からだと!?」
 
後方の船は囮だったのだ。
丁度反対側に接近していた、帆を黒く塗った海賊船が闇に紛れて
忍び寄ってきていた。
反対側の船は風上からの足の速さでこちらの商船の
すれすれの距離まで来ると海賊達は
丸太を何本も連ねた大きな木の塊を
こちらの甲板へと突き出した。

そうして足場が出来ると、海賊がこちらへと一斉に
押し寄せてくる。
後は白兵戦へとなだれ込み足場の悪い海上での
戦いがたちまち始まる。

矢が乱れ飛び、屈強な男達が刃と刃を交えるのが見える。
アグザルも、船の上とは思えぬ程の身軽さで
立ち回り、海賊の肩口に斧の一撃を食らわし
そして直ぐ様後ろへと飛び退り相手の攻撃を避ける。
バタバタ、と風に揺れる海賊船の旗を見ると
黒地に白の絵柄でネズミの絵が
描かれてあった。
 
(シーマウス団…。)
 
ふいに、その単語が頭に浮かんだ。
最近、ここら近辺の海を荒らしまくっている
海賊団の名だ。
義賊として、弱き民に財を配っていると言う
噂も聞くが、それは噂の域を出ない。
その海賊団の頭目は滅法強く、如何なる
賞金稼ぎも尻尾を巻いて逃げ出すと
評判なのだ。

幸い今はその頭目は、戦場には出てきてないが
妙に強い海賊達にこちらの傭兵達は
押され気味になっている。
歴戦の強者であるアグザルですら、
相手の猛攻を止めるのに精一杯で
若く戦い慣れした相手とは5分5分の戦いと言った所か。
 

突如、嵐のように一つの人影が甲板に舞い降りると
その者は手に持った剣を用いてまるで演舞のように
軽やかに舞い、こちら側の雇われ傭兵を
次々と戦闘不能にして行く。
よく見ると、剣の切っ先はぎりぎり急所を外れ
上手く手加減をして攻撃しているのが分かる。
 
 
(思い出した。あいつはシーマウス団の頭ヴァイスだ。
傭兵ギルドの貼り紙に
あった高額の賞金首だな…!)
 
ここにもしリース率いるシノン騎士団
が居たならば。
全力でもってヴァイス捕縛に立ち回る事
も出来たかもしれない。
だが、噂通りやたら強いヴァイスと言う男
の鬼神の如き戦いぶりを
見て戦意がみるみる喪失して行くのが分かる。

情けなくとも、報酬が貰えずとも命が
一番大事なのだ。
アグザルは、ヴァイスの剣がこちらへ向かってくると見て取るや
くるりと後ろを向いて海へとざぶり飛び込んだ。
 
「ふっ、俺の実力を見抜くとは…頭の回る奴も居たものだ。」
 
ヴァイスはにやり、口元に涼しげな笑みを見せるとそう言って
あらかた片付いた戦況を前に満足そうに部下に号令を出す。
こうして積荷は奪われ、アグザルの今回の仕事は失敗に終わった。
 
 
海賊達との小競り合いで頬に軽い切り傷を負ったアグザルは、
それでも懸命に陸地目指して泳いでいく。
ぴりり、と海水が傷口に染みたが、
それはまだ生きている証拠なのだ。
やがて小さな島を発見すると、砂浜に
横になって暫し息を整える。
さて、ここからナルヴィアまではどれぐらいの距離か…
しかし今は思考を停止して
とりあえずは乾いた陸地で眠ることにした。
満天の星空の下…疲労が体を包みやがて微睡みへと
誘っていく。
 
 
後日談として、近くを通りかかった別のナルヴィア商船に
アグザルが無事に救い出されたと言う話である。
 
 
~終~