徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ二次創作小説「戦火の中の願い」

 心臓がドクン、と大きく跳ねた。
 少女が所属するのはレプロン市に迫る帝国弓部隊の小隊である。
 戦争をする、と言う事は人を殺す事──武器を取り、
武器を構えて命を奪う。
 そんな事が本当に出来るのだろうか、と。
 以前山賊狩りを命じられた事があった。 

 その時、山賊の一人の眉間を撃ち抜いたその事実に自分は震えたのだった。
 少女ソフィーは、帝国の新兵器である
パスカニオンと呼ばれる弩のテスト兵である。
 強力無比な性能を持つパスカニオンだが、試作途中なので
欠陥があり時折暴発しては、次々にテスト兵が事故に巻き込まれていた。

(今から、残党兵を狩るのね)

 ソフィーは憂鬱な内面を漏らすまい、と無表情を装って
いたが彼女の姿は誰がどう見ても緊張と悲しみを湛えている
ように見える。
 あらかじめ聞かされていたのは、逃げ遅れた市民を助ける為に
ヴェリア国の騎士の部隊が出動している事。
 場合によっては、市民を殺害。又は捕縛しても構わない事。
 ソフィーは、出来れば無抵抗の者を手にかけたくなかった。
 そして敵とは言え、ヴェリアの騎士も──。
 しかしそんな甘い理屈が通用する筈も無い。

 しっかり自分の役目を果たさなければ、従姉のルーヴェルに
激しく罵られ力一杯頬をぶたれる。
頬の痛みはどうでもいい、心が痛むのだ。
 レプロン市は、たちまち帝国兵士に蹂躙されあちこちで
火の手が上がっていた。

「おい、そこの」

 同僚騎士の低い男の声が鎧兜の隙間から聞こえた。

「はい、私でしょうか?」

「確かパスカニオンのテスト兵だったな?
そんな所でぼーっと立ってないで怪我人を後方に
運んでくれ」

「は、はい……!」

 何故か内心でほっとしながらソフィーは、足元を
ふらつかせる自軍の兵士の元へ駆け寄り肩を貸す。

「それでは、パスカニオンのテストは……?」

「そんなのは適当でいい。レプロンは、既に帝国兵が
占拠しつつある。
傷病兵を速やかに治療させるのが、この小隊の第二の任務だ。
俺も手伝うから」

 ソフィーは、その兵士の言葉に内心ほっと胸を
撫でおろした。
 パスカニオンがまだ欠陥品で、暴発の危険があったから
それを使わなくて済んで安堵したのでは無い。
 無辜の民、或いは敵の兵士に武器を向けなくて済んだからだ。

 ソフィー達は、後方のキャンプ地へ戻って行く。
森を通る時、耳聡く誰かが木の葉を踏む音が聞こえて来た。

「残党かもしれません。私が見て来ます。
貴方は、なるべく音を立てずにキャンプへ進んでください」

 ソフィーは、パスカニオンを構えると木の影を利用して相手の
死角から目を凝らした。

 視界には、猟師風の金髪の青年が、困った風に
とぼとぼと歩くのが見える。
 服装は、簡素な胸当てを付け背中には弓を背負っている。
 猟師なのだろうか、それともヴェリア軍だろうか。
 判別は付かないが帝国兵の鎧を纏って居ないから雰囲気からし
後者なのだろう、と。
 ソフィーはパスカニオンを構え照準を合わせてから
その男の前にゆっくりと歩み寄った。

「弓を、捨てなさい」

 男がぎょっとした風に、こちらを眺めて来る。

相手も弓を構えた姿勢のままで、

「木の影から見えた時にはまさかと思ったが本当に女だったとは。
参ったな、俺はこんな所でやられる訳には……」

「弓を速やかに捨てなさい」

 ソフィーの二度の警告を無視して、男が今にも
矢を放とうとした。

 それより早くパスカニオンが、火を噴き
充填されていた矢が男の肩口を掠めていった。

「そ、……んな。アリーナ……ごめん」

 ゆっくりと意識を失っていく男の口から
女性と思わしき名前が漏れた。

「そう、故郷に恋人が居るのね。だからこんな無茶を」

 完全に気を失い地面に倒れた男の元へ進み、
膝をついて怪我の様子を見る。

(良かった、致命傷では無いわ……)

 甘い考えだとは分かっていても、助けられる命は助けたい。
 ソフィーは、懐から膏薬を取り出し傷口に塗ってやる。
そして自分の白のレースのハンカチを包帯代わりに巻き付けた。

(この事を知ったら、ルーヴェルお姉様は怒るかしら)

 兵士としての覚悟があるなら、敵に情けをかけずに殺しなさい。
 そんなルーヴェルの声がソフィーにははっきりと
聞こえて来るようだった。
 だから、今日の出来事は秘密の中の秘密に。

 だけど、アリーナと言う名前を聞いた時に沸き起こった自分の
気持ちは何だろう、とソフィーは自分に問うてみた。
 恋人が居るのが羨ましかった?
 ううん、私と同じぐらいの年齢の人なら初恋や恋の体験は、もうとっくに
済んでいる筈。とは言っても自分は誰かと恋をした事は
無いけれど。

ソフィーは足早に帝国軍のキャンプ地へと移動して行く。

(名前も分からない──けど、また戦場で会う気がする。
金髪の猟師さん。その時は)

 自分にどんな顔で対峙して来るのだろう。
その時の事を想像して、ソフィーが気持ちが沈んで行った。

「早く、早くこんな凄惨な戦争は終わってください。
人と人が殺し合うのではなく──人と人が手を結びあって
助け合う。そんな世界を……」

 

 それはソフィーの小さな願い。
 そっと小さく呟いた言葉の調べは森の葉擦れの音に搔き消えた。

 

 その日、レプロン市は完全に陥落した。

 

End