徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ ミニ小説 ~エピローグ編その1~

「お客さん、今は準備中ですよ。また時間を
改めて来て下さいね。」

 

リーベルは満面の笑顔で川蝉亭に入って来た
初老の男に声を掛けた。

 

「ふぅむ…それでは出直すとしようかな。
…ん?」

 

踵返して店から出ようとした
男は、何かに気が付いて店の奥の方を見る。
その視線の先には、
薄い金色の長い髪を持ち白いフリル付きの
エプロンに身を
包んだ少女が立っていた。

 

「新入りのお嬢ちゃんかい?
アリーナちゃんとはまた違った魅力があるねぇ。」

 

としげしげと眺めれば
その少女は少し恥ずかしそうにぺこんと軽くお辞儀をする。

 

「ソフィーちゃんって言うんですよ。
これからこの店で頑張ってくれる予定ですよ。」
「それは楽しみだ。また来るとしよう。」

 

客の男はそう言って本当に
嬉しそうに戻っていった。
再び川蝉亭に静寂が訪れる。

ソフィーは、マリーベルの方を見て

 

「おかみさん、何かお手伝いしましょうか?」

 

と問うた。


「そうだね、じゃあその野菜の下茹でをしてくれるかい?」


そう言って指差す先には、まな板の上に切ってある
色取り取りの野菜…にんじん、じゃがいも、ブロッコリー
キャベツ、タマネギ。
指示されたソフィーは鍋を取り出すとそこに水を
入れてかまどにかける準備をする。
その様子を見てマリーベル


「ソフィーちゃんが来てくれて
本当に助かったよ。イストバルからお嫁さんを
連れて来たと聞いた時にはあたしゃ吃驚したけどね。」


『お嫁さん』と言う言葉を聞いてソフィーは
頬を真っ赤に染めて危うく鍋を

取り落としそうになる。
だが、何とか堪えて鍋に投入

する野菜をボウルの中へと
入れていく。


「そう言って頂けると嬉しいです。…でも私は。
元帝国側の人間ですから…正直に言うと
こんなにすんなりと皆さんに受け入れられた事、
驚いています。」


「何言ってるんだい。もう戦争は終わったんだよ。
今更帝国も何もあるもんじゃないよ。これから
ラーズ帝国とヴェリア王国は一つになる予定だ。
それにソフィーちゃんみたいな良い子は
滅多に居ないよ。あたしが言うんだから間違いないさ。」

 

 

そう、戦争は終わった。
500年も続いた過酷な争いは、それぞれの

国の実質上のトップが
和平講和を提案した事によって
文字通り一つの国へと変わりつつある。
互いの国を憎み、悪魔と罵って居た人々
は改めて深い交流をし
その実情に驚いた物である。
幼い頃から生ける悪魔と教えられて来た
『敵』は、自分達と何ら変わらない
表情や性格を持つ人間だった。
少しずつ、少しずつ人々の心は解れていった。
まるで500年と言う歳月が無かったかのように……。

 


「今帰ったよ。」

 

バタンとドアが開いて今度は

金髪の髪にバンダナを
巻いた青年が入ってきた。
手には矢の傷跡も生々しい野生の兎が一羽。
おそらく青年の背負っている弓矢で仕留めたで
あろうそれはこの食堂で出す料理に使われる
食材になるのだと容易に想像出来た。

 

「お帰りなさい、イストバル。」
「お帰り、イストバル。」

 

2人の声が明るく店内に響く。
それからイストバルから兎を受け取るソフィー。

 

「これはオレンジ煮にしますね。」

 

そう言って台所の食材置き場に兎を置くと
リーベルにも確認を取る。

 

「ああ、オレンジ煮を作るのは任せたよ。
ソフィーちゃんは性格がよくてその上べっぴんさんで料理も
上手いと来たもんだ。イストバルには勿体無いぐらいの
お嬢様だよ!」

 

リーベルはそう言って豪快に笑った。

 

「ちぇ…俺がソフィーに
相応しい男になればいいんだろ。」

 

と多少不貞腐れたように言葉を返すイストバル。
だが、それがマリーベル一流の
からかいの言葉であると分かっているからこそ、
特に気にすることはなくこちらも軽口で返す。
そんなイストバルを見るソフィーは正しく
恋する乙女を絵に描いたように、幸せに満ち溢れた
笑みを溢し…しばし店内は和やかな空気に包まれる。

 

その静寂を破るように突然どん、とドアが開かれ
入ってきたのはイストバルの傭兵仲間だった。

 

「お前の親父さんが戻ったみたいだぞ!」

 

ならず者風貌、にも見えるその若い男は
にやと頬を緩めてそう告げた。

 

「なんだって!マジかよ…。」
「イストバル、すぐに行っておいで。

長く会ってなかったんだろ?」

 

イストバルはマリーベルの気遣いに感謝して
家に戻ることにした。
ソフィーは、心配そうにその後ろ姿を見送っていた。

 

「戻った。」

 

イストバルが、自宅のドアを開けると
中には見知った大きな背中が見えた。
その背中が振り返ると、
髭面の表情が見える。

 

「親父!あんたは今頃どうして!」

 

自然に非難の声が上がる。
出稼ぎに行ってくると告げ、
母と弟妹達を放ったらかしにして
長い間失踪していた男なのだ。
恨み事の一つでもいいたくなるのが
心情というものだ。

 

「イストバル、長いこと留守を任せてしまって
すまなかったな。俺は…。」

 

と言うなり父は、その場で膝を曲げて土下座する。

 

「おいおい、止めてくれよ。」

 

そんな情けない父の姿は正直見たくなかった…が
心の中ではそれぐらいして当然と

言う気持ちがないかと
言われれば嘘になる。

 

「立てよ、親父。まずは俺よりお袋に謝ってくれ。」

 

穏やかな声でイストバルはそう告げ

父の腕を掴むようにして
立たせた。

 

「母さんにはもう言ってある。彼女からは

許しはもらった。
だがイストバル、お前にも許して

もらいたいと思っている。」

 

そう言った後に父はポツポツと

これまでの経緯を話し始めた。
出稼ぎに行った先で悪徳商人に騙されて
ギャンブルに手を出した事。
借金が膨らみ酒浸りになり

自暴自棄の日々を送った事、
だが最後は自分で皿洗いの仕事をして借金をほぼ
返し終えた事…を語って見せた。

 

「どんな事情があれ、俺達の元に再び

帰って来てくれた事には
感謝するよ。どの面下げて、って感じだが

チビ達には
父親が必要だしな。」

 

うな垂れる父の方へとぶっきらぼうに声を掛けたイストバル
だったが、その言葉の調子にトゲは無い。

 

「ありがとう。イストバル。」

 

父は妙にすっきりとした顔で礼を言う。
以前見た時よりも老いた雰囲気の皺の寄った
その顔つきを見ると、
内心で、『年食ったな。親父。』と呟く。
顔の皺は、父の長年の労苦を思わせた。

 

「これからは真面目に働く、お前達の為にな。」
「ああ、期待している。」

 

こうしてひと組の父子に和解は成った。

 


それから一時間後、

イストバルは足取り軽く川蝉亭へと戻るのであった。
店へと戻るなり、店内は大盛況で
丁度昼飯の時間という事もあって足の踏み場も無い程だ。
美味しそうなスパイスの香りと肉が焼ける香ばしい匂い
が鼻をくすぐりぐぅ…と健康的に
腹が鳴る。

飯を食べる際に
イストバルはマリーベル、アリーナ、ソフィーの
3人の女性から代わる代わる父の事を聞かれるのだが
彼はこう答えるのみ。

 

「最後には全て上手く行くんだよ。
ヴェリア女神の導きって奴さ。」

 

と。

 


~終~