徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ・7週目ミニ小説・第一章「戦う理由」~another side~

王都バレムタイン陥落から3週間

余りが過ぎようとしていた。
ナルヴィアに落ち延びたウォルケンス王を始めとする
諸侯達は新しい生活に慣れる間もなく、ラーズ帝国軍の
快進撃の魔手に怯え、心休まる時はなかった。

ヴェリア王国の軍務卿にして王に一番近しい
側近であるヘルマン伯爵も、
ナルヴィア城砦の大きな館で

書類の処理に追われていた。
前線への物資のルートについて。
次の防衛戦で、どれだけの兵士を配備する
事が出来るか、
片付けるべき案件は山ほどある。
しかし、その中でもささやかな息抜きと言おうか、
ヘルマンには楽しみがあった。
昔、懇意にしていて心を寄せていた未亡人とその娘を
ナルヴィアに呼んで、こっそりと
田舎に屋敷を立てて囲っていたのである。
ヘルマンは齢50近くにして、妻帯しておらず
実子も居ない。だが、
貴族であるからには後継者を決めねばならぬから
いざとなれば件の未亡人の娘を養子として
迎えても良いと考えていた。
そして、今日も未亡人とその子を訪ねる事にしたのだ。

 

忙しい公務の間を縫っていそいそと馬車を走らせる事
1時間半。
目の前には田舎の田園と言ったのどかな光景
が広がっている。
季節は秋。

黄金色に輝く麦穂と明るい日差しが眩しい、
戦時中とは思えないほどの風景が広がる中、
別荘へと着いたヘルマンは、
靴跡をかつかつと響かせて
その中へと入る。
知らせを受けて出迎えたのは、
年の頃13歳~14歳頃の活発な少女だった。
薄い黄緑の髪を後ろで縛り、目は青く澄んでおり
見るからに利発そうだ。

 

「ヘルマン様…!お久しぶりです。」
「ミルフィ、出迎え感謝する。」

 

穏やかな目をしてヘルマンは礼を言うと
ミルフィを伴ってまっすぐ未亡人の部屋
へと行く。
随分と前から未亡人は肺の病を患っており、
薬に頼る日々を送っているのだ。
今もまだ寝室で伏せっているのを見ると
ヘルマンは心配そうに告げる。


「ナーシャ、調子はどうだ?」
「伯爵様、お気遣い頂き有難う御座います。
私は大丈夫です。」


娘のミルフィとよく似た面立ちと、美しい金髪の持ち主で
ある未亡人ナーシャは、
しっかりと伯爵の方を向いて答えを返す。
しかし時折弱々しく咳き込む様子から見ると、
とてもでは無いが大丈夫、と言う様子では
無さそうだ。


「薬を飲んで安静にしていなさい。
私は挨拶に来ただけだからな。」
「はい、では…。」

 

部屋から出ると、その足で貴賓室へと向かいヘルマンとミルフィは
まるで本当の親子のように
親しく顔を突き合わせて
紅茶を飲むのだった。
暫し様々な話に花が咲く。
途中、メイドがドアを静かに開けて
入ってくると、

 

「お話の途中申し訳ありません。
ヘルマン様。」

 

ヘルマンは目を微かに瞬かせては
何事かとそちらを見た。すると、
メイドは一通の手紙を差し出した。

 

「屋敷の前を訪れた名も無き
老人から、お手紙を預かっています。」

 

その手紙を受け取り、その中には

 

『ヘルマン伯爵様
未亡人殿の病を治す特効薬は要りませんかな?
もしこの話に興味を持たれましたら
明日の午前、お一人でガンドの森までお越し願いたい。
尚、この手紙は処分していただくとこれ幸い…
他言無用にてお願いしますぞ。』

 

と言うような事が書かれており、
ヘルマンは何故見も知らぬ相手がこのような
事を申し出てきたのか訝しげに思ったが
病の特効薬と言う響きは蜜の甘さよりも
甘い言葉だったので、とりあえず話だけでも
聞こうと森へは行くつもりで居た。

そして
立ち上がって暖炉の中に手紙を投ずる。
ぱちぱち…と火は爆ぜ手紙を火で舐めて
燃やし尽くした。

 

「ヘルマン様、その手紙は…?」


ミルフィが、灰となってしまった手紙を
見てそう問いかけてくる。

 

「いや…内容は単なる戯言だ。不要なので処分した。」
「ふぅん。

…じゃあ、ヘルマン様っ!午後は乗馬を

ご一緒しましょう。」

 

明るくミルフィは笑い、親しげにヘルマンの服の袖を引っ張ると
そう言った。
その屈託の無い微笑みに釣られて

笑うようにして頬を緩めると
『ああ』と快く承諾するのであった。
自分も若き頃は、モルディアス王と

共に戦場を駆けた物だ。
乗馬に、食事、ダンスをこなした後に、ヘルマンは
館に一泊した。

当初は泊まるつもりはなかったが、
ナルヴィアには急な休暇
で、公務は先延ばしと言う旨の
早馬を送った。

 


明日、近くの森…ガンドの森と呼ばれる森で
老人から話を聞くと言う事を楽しみにしながら
早々と寝室で上質の毛布に包まり眠る。

 

そして、当日。
念のため、村人の格好をさせた腕の立つ
騎士を一人護衛に付け
ガンドの森へと足を運ぶヘルマン。
朝でも薄暗く不気味な森は、
まるで咳払いすらをも
飲み込んでしまいそうなほど静かに広がっていた。

森の奥へと進んでいくと目の前には
大樹があり、その影から
すーっとにじみ出るように
ローブ姿の老人が出てきた。

 

「お一人で…と申し上げたはず。」

 

やや不快そうに、老人は声音を漏らすが
フードの影になっておりその顔色まではうかがい知れない。

 

「いや、この者は単なる道案内の者だ…
私はこの森には不慣れなのでな。」


ヘルマンは、
そう言うと老人は厳しい口調で一言述べた。

 

「これからヘルマン様に持ちかける取引は
重要な物…、その道案内とやらを館に返していただきたい。」
「しかしな…!」

 

ヘルマンは、困ったように言葉を

返すも老人の気迫に負けて
渋々、護衛の男に戻るように言った。
従者は、心配そうに一度ヘルマンを見たが
主の命令とあらば仕方がないとばかり

に森の出口へと戻っていった。

 

老人とヘルマン…森の奥深くにはどうやら
2人だけになったようだ。
その事を確認すると老人は、
懐を探り小さな小瓶を取り出す。
それをヘルマンに差し出し…
「これが特効薬に御座います。
これさえあれば肺の病は確実に治りましょう。
如何ですか?悪い話ではありますまい。」
「して、この薬は幾らするのだ?」

小瓶の中に入っている透明の液体を見ながら
ヘルマンは、金額を尋ねる。

老人は暫しの沈黙の後…口を開き
不気味な声で言い放った。

 

「代金は…お前の命だ!!!」

 

何…だとヘルマンが思うまもなく
老人がひゅっと足元の石を拾って

投げると
それは小瓶に命中した。
カチャン、と瓶を構成していたガラスが
音を立て割れ中から刺激臭のする煙がもくもくと
立ち上がる。
それに怯んでいる間にヘルマンに隙が出来る。

 

「…っ!」
「ラーズ神よ、我に力を。奪い、引き抜け!魂を引き寄せ
我が物とせよ。トゥマハーン!」

 

ヘルマンが聞いたのはラーズと言う単語と禍々しき暗黒魔法を
唱える声だ。

 

「お前は…ラーズの…司祭…か!?」
「冥土の土産に教えてやろう、我が名はヤーカーラム。
お前に成り代わり、ヴェリア王国を亡き者としてやろう。」

 

体中の力が搾り取られるように
抜けていく。
薄れゆく意識の中、最後にヘルマンが見たのは
己の顔形そっくりの姿をした男

が高笑いする様だった。
がくり、と頭が垂れて体を地面に伏せ皺皺のミイラ状になった
本物のヘルマンは息絶えた。
ヤーカーラムと名乗った男はその服を剥ぎ取り、
さっきまで着ていたローブを脱ぎ捨て代わりにそれを着る。
それから周到に炎の魔法アースブレイズで
ヘルマンの死体を炭になるまで焼き尽くすと
満足げに笑みを浮かべ…ヘルマンそっくりの姿に擬態した
己の姿を鏡でチェックする。
問題無しと見るや、ヘルマンとなった男は

その足で館へ戻っていく。

 

こうしてヴェリアの
重鎮ヘルマンはラーズの司祭とすり替わってしまった。
トゥマハーンの魔法は、ある程度相手の記憶や外見を
吸い出し自分に移植する事が出来るからだ。
だが、完璧とは言えない。
親しい者が見れば些細な相違に気が付く事だろう。
それを恐れ、これからは慎重に振舞わなければならぬ。

 

その日より、ベルウィック同盟の
軍務系統の情報は帝国へと筒抜けとなる。

 


~終~