徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

聖戦の系譜二次創作小説 ・「束の間の日常」

「んしょっ……」

山積みの本を抱えて、書斎からティニーが
出て来る。
ここは、コノート城。
ティニーの伯父であるブルーム王が倒された地。

今はセリス軍が、滞在し次の拠点への足掛かりとなって居た。
ティニーは一人、伯父の遺品とも言える沢山の書物を
運び出しその知的な財産を無駄にせぬよう
自室で読み耽る日が続いて居た。

ぐらぐら、と危なっかしく揺れ視界を遮る本を持ちながら前方から
誰かが来るのが見えなかった。

「おい」

ふいに声を掛けられ一瞬だけびくっと体を震わせ
次の瞬間に手元の本の山が誰かに奪われて居た。

「そんな細腕でこんな分厚い本を一人でか?手伝ってやるよ」

視界が開けると、そこには金髪碧眼の少年が居た。
ティニーの兄のアーサーと同じぐらいの年齢の
少年だ。

「あ、えっと……、ありがとう御座いますっ」

ぺこん、と軽くお辞儀をして次に不思議そうな顔になるティニー。
セリスの軍の人間なのは分かるが直接この少年と面識は無かった。

「えと、どちら様でしたっけ……」

ティニーの代わりに軽々と積みあがった書物を持つ少年は
ちょっと笑みを見せて、答える。

「俺はファバル。ブルームに雇われて居たヒットマンさ」

「ファバル、さん……」

そう言えばコノートを制圧する数日前にセリスの命を狙う
ヒットマンがこちらへ向かって居た、と言う情報はあった。
だけど、遠く離れていた場所だったので
ファバルと遭遇する事は無く今に至る。

「あの、私はティニーって言います」
「ティニー?アーサーの妹の?」
「は、はい……」
「そっか、よろしくな。じゃあこの本は何処まで運べば?」

こちらです、と先に歩いて移動すればファバルは
その後に付いて行く。

自室の前まで辿り着くと、部屋に二人で入りそれからテーブルの上に
本を置いて貰った。

「それじゃあな」
「あ、ありがとう御座います。後日お礼は必ず……」
「いいよ、別に。お節介で手伝っただけだしな」

ははっ、と笑ってファバルは行ってしまった。
ティニーは、積みあがった本を前に、テーブルの前の椅子に腰かけると
頂上の一冊を手に取った。

『雷魔法における実践戦術論』

と書かれたそれは、かび臭いような匂いのする
古めかしい本だ。
おそらくこの本を含む他の本を読破するには数日掛かるだろう。
ティニーは伯父の事を思った。

何時も厳しく多くを語らない人だったけれど、それでも私を
こうやって大事に育ててくれた。
イシュタル姉様や、イシュトー兄様はとても
仲良くしてくれた。
まるで本当の兄姉のように。
しかしそこである一人の女性の顔を思い浮かべる。
ブルームの妻であり伯母のヒルダ……
ヒルダを思い出すと途端に体が震え始める。
ヒルダは、ティニーと亡き母を嫌い陰湿な虐めをし続けて
来たのだ。
しかも、他人に気が付かれないように巧妙にかなり陰惨に。
それでどれ程泣いただろう。
辛い気持ちを重ねて来たのだろう。
悪い仕打ちは良い仕打ちの記憶を簡単に凌駕する。
ブルームの死を悼む気持ちはあっても、ヒルダのかつての行いが
ティニーを悲しくさせるのだった。

それから数日後――

ファバルの自室のドアがコンコンとノックされた。

「開いてるぞ?」
「あの、ティニーです。今からお茶会にお招きしたいと――」

時刻は丁度15時前。昼食から時間が経ち小腹が空く頃合いである。

「お茶会?随分上品なんだな」

孤児として長く暮らしてきたファバルにとってお茶会等と言う習慣は
聞き慣れない物だった。それにファバルは男だ。
一か所に集まって語らいながら甘味を
楽しむなんてガラじゃないし
喉が渇けば適当に水を飲むか、腹が空けば厨房で食事の支度をして
居る途中のをこっそり
くすねて来るか――どちらかしか発想が無かった。
それでも何か断り辛いような気配を感じてとりあえずドアから顔を出して
了承の言葉を掛ける。

「良かったです、ではお越しください」

敬語を使うティニーの態度すらくすぐったくなって、ファバルは何処か
居心地が悪そうな顔をして居た。
ティニーと一緒に連れ立って歩いて行くと、途中でパティやレスターと
すれ違いかなり好奇の目で見られる事になる。
特にパティの態度は露骨で『お兄ちゃん、やるじゃん!?』な
言葉が今にも溢れそうな程で、これは後で
根掘り葉掘り事情を聴かれるだろうな
と言う事は容易に想像がついた。

(ま、別に何もないしな?)

妹に何を聞かれようとただ、茶を一緒に飲むだけだしな、と
ファバルは気楽な気持ちでティニーと連れ立って歩く。

部屋に着くと、ふんわりと柔らかい紅茶の香りが鼻をくすぐる。
そしてセッティングされたテーブルの上には真っ白な
テーブルクロスが掛けられて居た。
その上には銀食器が置かれ、クッキーとマドレーヌが
見目好く並べられて居た。

(こう言う場はちょっと困る……)

何処か自分が場違いにも感じる空気にファバルは内心冷や汗をかくも、
ティニーに促されるままに席についた。

「こう言う時って何て言えばいいのか分からねぇ。
招いてくれてありがとう、とでも言うのか?」
「ふふっ、気楽な気持ちで紅茶を飲んでお菓子を楽しんでくだされば」
「敬語って奴は俺には要らないぜ。その、何だ、困る」

真向いに座るティニーは、その言葉にきょとんと眼を丸くして居たが
分かりました、と頷き。
立ち上がって陶磁器のティーポットを持つと
ファバルの前に置かれたカップに注いで行く。

そもそも紅茶を飲む慣習の無いファバルだったが
一口口を付けるとその美味しさにぱっと顔を明るくした。

「紅茶ってこんなに美味かったんだな!」

それを見てティニーは微笑むと自分のカップを持ち上げて
口に運んで行く。

「お口に合ったようで、嬉しいです。その、この間は
助かりました。本を運ぶのを手伝ってくれて」
「ああ、別に大した事じゃ無いさ。あんな重い本、女の子一人じゃ
無理があったからな」
「私、嬉しかったんです。私にも何か手伝える事があれば是非
言ってください」

柔らかに微笑むティニーを見て、ファバルは内心照れくさいような気持ちを
持ちながらも
大人しくクッキーを摘まんで居た。
ああ、こう言うのもたまには良いよな。とその場の暖かい雰囲気に飲まれつつ
頷く。

「もし、手伝って貰う事があればその時言うさ」
と、俺は本読まないから分からないけど、あの本は何て言うんだ?」
「フリージ家の所蔵する戦術本なんです。この間運んでくれた本は……」
「ああ、頭痛くなるからやっぱりその話は無しで。とりあえず小難しいって事だけは
分かった。ご馳走様。菓子美味かったぜ。
ティニーが焼いたのか?」

こくんと肯定し、ティニーは様子を窺うようにファバルを見て居た。
何処か小動物を思わせるその姿にファバルは和やかに微笑むと
大丈夫、美味かった!と安心させるように二度目を言った。
その言葉にようやくティニーは安堵の息を零し、喜びの溢れる顔で
笑った。

クッキーの量は少しで腹具合は完全には満たされなかった物の
ティニーと過ごす時間はそれなりに満足出来る物で。

お茶会が解散となった後に、直ぐに舞い込んでくるマンスター城へのトラキア
竜騎士襲撃の知らせだ。
慌ただしく戦支度をするセリス軍の中には、聖弓イチイバルを手に
張り切るファバルが居た。
同じく弓兵のレスターも自前の勇者の弓を掲げて、真っ先に出撃して行く。
その後にティニー、アーサーの魔道士部隊が続く。

そして戦場でファバルは、弓で勢い良く竜騎士を屠り
その隣では魔道書を手にファバルを助けるティニーの姿があったと言う。

End