徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ・7週目ミニ小説・第七章「公子救出」~another side~

寒い、ひもじい、体が動かない…
ここはとある田舎街の道路脇、親に捨てられた一人の子供が
ひっそりと体を横たえぶるぶると震えていた。
その瞳には希望がなかった。
随分と前から何も食べていない…
虚ろな瞳で
通り過ぎる馬車を見る。

 

 

「止めてください。」

ふと馬車の中から女性の声がする。
降りてくる足音。

 

(……?)

 

その女性の気配が見る見る内に近づいてきたかと思うと
ふんわりとした女性独特の香り…香水

とも違う暖かな色を持った
香りに少年の鼻がすん、と一つ鳴る。
幸せの匂い、自分に手を差し伸べてくれる何処か…
異世界の住人のようにも思えるそれは
段々と近づいてくる。

 

「馬車にお乗りなさい。この馬車は今からツーロン
孤児院に向かいます。ヴェリア様は
何びともお見捨てにならない…今から貴方は
孤児院の子になるのです。」

 

柔らかな巻き毛を真っ白のローブで包んだ
年若い…己と5~6歳程しか年の離れていない
女性が少年に語りかける。
空腹に霞む目で、何処か怯えたように
一度ゆっくりと瞬きすると
少年はよろ、と立ち上がった。
その背中を支えるように、手を回し
歩く手助けをしてくれるシスター。
誰からも見捨てられた少年、ウォロー
マザーアグネスの出会いだった。

 

馬車で半日揺られて着いた先は、
質素だが広い造りの修道院だった。
部屋に入ると窓にはステンドグラスが
はめられ床には赤い絨毯が続いて居る。
両脇には、蝋燭を伴った燭台が置かれ
ぐるりと目を正面に回すと
奥の方にヴェリア女神像が置かれているのが
見えた。

 

「お腹が空いたでしょう。こちらへどうぞ。
今食事を用意させましょう。」

 

食事、と言う言葉を聞いて
改めて顔を僅かばかり輝かせて
力の入らない体を引きずって
修道院の更に奥の部屋へと歩いていく。
奥では、自分と同じ年ぐらいかそれより年下と
言った風情の少年少女達が
テーブルの上に置かれた食事を前に
神妙な顔で待っていた。

 

「皆さん、新しく皆さんの兄弟になります子を
紹介します。さぁ、貴方の名前は…?」

 

ウォローは、食べ物の良い香りと
暖かな暖炉を前に自分に視線が集中するのを
感じた。
腹は空けども、まずは名乗りからだ。
しっかりと前を向いて乾いた唇から
音を漏らす。


ウォロー…と言う。俺は、この人に助けられたんだ。」

 

そう言うと子供達は口々に僕も、私も!
と小声で囁くようにウォローに伝える。
皆、同じ境遇なのだ。
それからアグネスの手を借りて
テーブル席の空いている場所に座ると
アグネスは、食事の前の祈りの文句を教えた。
それを、反芻して軽く呟くと
後はもう無我夢中でパンと、スープ、軽い肉料理を
胃の腑に納めるのみである。

 

「すっげー食べっぷりだぁ!」

 

周囲の子供達が目を見張る中、
貪るようにして食べ終えたウォロー
しれっとした顔でこう告げた物だ。

 

「お前、それを残すのなら俺が食べるが?」

 

わははははは、と子供達の間で笑いの渦が起きた。
面白い奴だ、と言う第一印象である。
マザーアグネスは、すぐに周囲に馴染んだ
その様子を見て暖かな笑みを浮かべ
ヴェリア女神への感謝の聖句を唱える。
食事を終えたウォローは、
熱い湯の張った浴槽に案内され
ざぶんとそれに浸かり

 

「体は自分で洗える。」

 

まるで子供扱い…実際に自分は子供なのだが
やはり女性と一緒では気恥ずかしい年頃でもあり
マザーアグネスの申し出を断るウォローであった。
湯浴みで綺麗になった後
白い上着を着せられ
人心地が付いた。
鏡を見るとまるで、生まれ変わったかのような
自分がそこには写っている。

 

「……。」

今日から今までとは違う人生を歩むのだ。

運良く、アグネスに助けられた
少年はその日は柔らかなベッドの上で眠る事になる。

 


朝起きると、ふわりと鼻腔をくすぐる食べ物の香りがした。
ぐぅ、と空腹の腹が音を立てて鳴り、
その足で居間の方へと歩んでいく。
カチャッ、パタンと
軽くドアが開く音がして他の部屋から
子供達が飛び出してきた。

 

「よっ、ウォロー。良く眠れたか?」
「見違えたね。いい男じゃん。」

 

そう口々に声を掛けてくる子供達と並んで
目はシスターアグネスを探していた。
まだ、自分ははっきりとお礼を言っていない。

 

「マザーアグネスは?」

 

子供の一人にそう尋ねると
聖堂がある方へと案内してくれた。
そこでは、祭壇の前で祈りを捧げる若きシスターの
姿があった。
ずかずかと、無遠慮に近づいて
掛ける言葉はと言うと。

 

「マザーアグネス、礼を言う。」

 

少し照れたように呟くその言葉をしっかりと受け止め、
マザーアグネスはゆっくりと首を縦に振った。

 

「お礼を言うのはこちらの方ですよ。
素敵な家族が一人増えたのですから。
さ、朝食を食べていらっしゃい。」

 

優しく告げるその言葉に肩を押されて
居間の方へと元気よく歩いていく。
体のダルさも、昨日一日ゆっくりと
暖かい場所で眠れた事で取れていた。
後はきちんと飯を食べて
運動すればじきに体力は戻るだろう。
テーブル席に座るウォローは、
昨日と同じく猛烈な食欲で食事を平らげていく。

 

「なぁ、ウォロー。食事のあとは『うまかったです!』
って言うんだぞ。これは僕たちの間の決まりごとみたいな
もんなんだ。」
「うまかったです…?」

 

その言葉にきょとりと目を瞬かせると
もう一度はっきりとその言葉を発音した。

 

「うまかったです!」


ハハハハハ、と昨日に引き続き子供達は笑顔で笑いあった。
ウォローもぎこち無いながらもそれに釣られるようにして
笑い…
今日も修道院は明るく暖かい雰囲気で包まれていた。

 

その後の時間は、孤児院で教養の授業と称して
子供達に読み書きと算数を教えてくれた。
ウォローも神妙な面持ちで
黒板に書かれた文字を手元のノートに写していく。
勉強は苦手だったが、他のどの子供達も目をきらきらと
輝かせて好奇心いっぱいで勉強に向き合っていたものだから
ウォローも仕方なしに時間まで席に着いたままでいた。
授業が終わると早速その辺に置かれて

いた竹刀を持ち出し中庭で
それを振る。
素振りをして、なまった体を元に戻そうと言う寸法だ。

 

「……。」

黙々と素振りをしていると、じっとこちらを見る視線を感じた。
自分より少し年長の少年…いや青年と言う年頃の男が
同じく竹刀を片手にこちらの様子を伺っていたのだ。

 

「やるか?」

 

ウォローは静かにそう言うと、竹刀を持った手を軽く前に差し出した。
一人の稽古より、相手が居た方が上達が早い…
という訳で暫くの間は、青年とウォローは竹刀をぶつけ合い
剣の型の稽古をした。
そこで相手の青年が気がついた事と言えば
ウォローが使うのは一般的な剣術とは異なり
所謂「東方剣士」としての型を多く使うと言う事である。
「居合」はその最たる物で
鋭く素早く竹刀を繰り出されると青年は押され気味になるのだ。

 

「東方の剣術か…面白い。」

 

青年は、そう言うと
飽きもせずウォローと竹刀で打ち合うのだった。

あら、と言う風にその光景を
遠くから見てマザーアグネスは

 

ウォローは剣の才能があるようですね。
将来は立派な剣士になるのでしょうか。)

 

と穏やかに見守る。
そのマザーアグネスのローブの裾をぎゅうっと握って
おどおどとした様子でウォロー達を見ている少女が一人。
名前をレティシアと言う。

 

ウォローレティシアは、成長した後に
この孤児院の危機を救う事になるのだが…
それはまた別の物語で語られる事だろう。