徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ・7週目ミニ小説・第八章「木馬兵団」~another side~

「あの男は私のよ、私が殺すの!」

 

ケイは、シェルパの方を見て叫んだ。
だが、無残にもシェルパは大勢の帝国兵達に拘束され
身動き出来ずに居た。

 

「我らがまず、この傭兵を尋問する。その後もし生きていれば
お前にくれてやっても構わん。」

 

帝国兵兵団の団長が冷たくケイにそう告げる。
長身のシェルパの両脇をがっちりと両腕で掴んだ屈強な兵士2人。
彼らは、帝国の詰所へとシェルパを引っ立てていく。
それをじっとケイは見ているしか無かった。

 

(あいつらは私を馬鹿にしている。私が帝国の属領となったコノールの民だから。
…そして女だから。)

 

ケイは、今すぐにでも飛び出し『返せ!』と叫びたかったが
シェルパの姿はすぐに大勢の帝国兵達の姿に埋もれ、
見えなくなった。
時刻は、昼過ぎ…ケイは仕方なく

帝国兵達の詰所に歩いていく。
途中、戦争とは思えぬ程のカンネの村の、
のどかな光景が目に飛び込んでくる。
柔らかな草の原、大きな緑の葉を

茂らせる大樹、さえずる野鳥…
しかしよく見ると、その所々に剣や斧が

当たったような真新しい
跡、馬のヒヅメで荒らされた土の跡がある。

つい数時間前までは
ここは戦場だったのだ。

 

その戦場でケイとシェルパは再会した。
族長のマグナードの元で
かつて兄妹のように仲睦まじく育った2人だったが
今は…コノールを出たシェルパと、事情を知らされずに
コノールに残ったケイの間には修復出来ぬ程の溝が
出来ていた。
ケイは、シェルパを憎み…そして
カンネの村に来るように手紙を送り呼び出すことに成功した。
結果、なじるケイに対して抵抗の意思を見せず
大剣ブリムランガーを大地に放り投げるシェルパの姿が
そこにあった。

 

(シェルパ…何で何も言わないのよ!)

 

ケイは、丸腰のシェルパを見て動揺していた。
一言でも、私達部族を見捨てた…ケイとマグナードを
捨てた理由を聞かせてくれれば。
私だってこんなにも心がイラつく事は無いのに。

 

詰所まで歩くとケイは、事情を聴くために
帝国兵の一人に声を掛ける。

 

「捕まえた傭兵を拷問するっていう話だけど彼はどうなるの?」
「どうもこうもないさ。こう、鞭で100回打ち据えるのさ。
鞭打ちに耐え抜いた者は居ない…即ち死罪も同じと言う事だ。」

 

意外に軽い口調でそう告げる帝国兵の男の言葉にケイは
顔を蒼白に曇らせた。
鞭打ちの刑等と実際にこの眼で見たことはないが…
死ぬ程痛いのは想像できる。

 

(このまま、死ぬの?シェルパ…私、どうすれば。)

 

先ほどシェルパは己の手で殺すのだ、と叫んだ
者とは思えない程ケイは、迷っていた。
元々、カンネの村にシェルパを呼んだのは
彼から全ての真相が聞けると期待してのことであった。
真相を聞けばシェルパと和解出来るのでは、と言う
希望もあった。
だが、結局真相は語られず…今こうして
心を乱して帝国兵の成すがまま、言うがままに
シェルパへの刑の実行が終わるのを待つのみである。

 

 

やがて数時間後に鞭の音が詰所中に響く。
バシィーン、バシィーンと言う
鞭の炸裂する鈍い音。
おそらく肉は裂け、血も飛び散っている事だろう。
ケイは、その現場を見に行く訳でもなく
ただ帝国が占領した村の中で俯いていた。

 

「なんだ、気丈な様に見えてもやはり女という事か。」

 

先ほどの帝国兵兵団の団長がふん、と鼻で笑うようにして
ケイに声を掛けてきた。

 

「……っ!」

 

しかし、ケイは悔しげに口元を引き締めただけで
何も言い返せない。

 

「ま、あの拷問は男の俺でも見るに堪えないものだからな。」

 

団長は、そう言うと後ろを振り返り
部下達にある命令を下す。
その命令とは即ち…

 

「生き残った村人は全員殺せ。火刑だ。」

 

…という物である。
その言葉はケイの耳にも否応なく飛び込んで来て
彼女を動揺させた。


「なぜっ…村人には罪は無いはず。全て焼き殺すなんて…!」

 

ケイは、団長の方へと近づいくとそう叫んだ。
理不尽だ、あまりにも。

 

「ラーズ司祭様のご命令に逆らうつもりか?
お前たちコノールの民は帝国に恭順を示したからこそ、
改宗しなくともそうして生きながらえて居るが…
本来ヴェリアを信奉する者は全て火刑が当然の報いなのだぞ。」
「……!」
「お前達も一刻も早くラーズ教に改宗するのだな。」

 

団長は、そう言うとテキパキと薪を持ってこさせて
村の中央に積み上げる作業を監修する。

 

「嫌だ、死にたくない…!」
「ヒィィーーーー!」
「キャアーーっ!」

 

村人達は、帝国兵に槍を突きつけられて
泣き叫びながら連れてこられた。
その中には老人、女子供が多く
成人した男の姿は皆無だった。

 

(そんな…こんな事が平然と行われているなんて。)

 

ケイは、呆然となって火刑の有様を
見ているしかなかった。
こんな事が…許される筈も無い。
シェルパなら…どんな手を使っても
止めるだろう。
だが、シェルパは今隣には居ない…
彼は鞭打ちの刑に処され…
息絶えようとしているのだ!

 

ケイは、その場に居るのが居た堪れなく
なってそそくさと踵を返して
夜になるのを待った。

夜になれば、兵達の警備も手薄になるはず。
そうしたらシェルパを助けるのだ。
幸いにも、帝国兵は私を味方だと思っている。
まさか捕虜を逃がす等と言う大それた事を
思いつくとは思うまい。

 

 

(シェルパ…起きて。)

 

夜の頃合。
ケイはするりと身軽に柵をまたぐと
小声で彼に囁きかけた。
そして、むき出しの土の上に
放置されたままになっていたシェルパの
意識を呼び覚まそうと、水で濡らし
固く絞った布を使って
シェルパの頬を優しく拭う。

 

「…!?」
「このままでは貴方は死んでしまう。
さ、私の肩に掴まって。
ここから逃げるのよ。」

 

シェルパの目が薄く開いた事に気が付くと
ケイは、そう言いシェルパの逞しい
筋肉の付いた肩の下に己の腕を通す。
ずしり、とシェルパの体重と体温が感じられた。

 

「…どうしてなんだ?」

 

シェルパは、一言…そう言っただけで
後はケイに助けられるままに足を引きずり
その場から離れようとする。
ケイもまたその問いには答えず、
ただ黙って居た。

 

それからどれぐらい時間が経っただろうか。
背後の、帝国兵の陣地はやけに静かだ。
拷問を終えた後の捕虜一人の命等、明日の朝を待たずに
消えるだろうと油断しているのかもしれない。
さらさらと流れる綺麗な水をたたえた
池の傍まで来るとシェルパは、ケイの肩を借りながら
右手でその清らかな水をすくった。
それを口もとへと持っていき
ごくごくと飲む。
ふぅ、と軽く息を吐き
先ほどより幾分か動くようになった足でもって
その場にまっすぐに立つ。

 

「歩ける?このまま朝までにこの場から離れるのよ。」
「……。」

 

シェルパは静かに頷くのだった。
ナルヴィアまでの距離は遠い。
だが、最寄りの村か街まで逃げ込めれば或いは。
2つの黒い影は寄り添い、森の中を進んでいく。

 

静かな逃避行は今まだ始まったばかりだ。

 

~~~終~~~