徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ・7週目ミニ小説・第五章「城砦防衛」~another side~

時刻は夕刻…何時もなら大地の下へと
太陽が沈む頃合。
今は冷たい糸のような雨が細々と降っている。
国境を警備していたガードナイトの青年
マーセルは、ゆっくりと視線を前方に向けた。
ふと、その目が険しく細められる。
遥か前方に黒い、無数の人影を認めたからだ。

 

「ボルニア兵です!」

 

とマーセルは、己の上司に向かって
声を張り上げ伝えに行く。
マーセルと同じ部隊に所属している兵達も
それに気づいたのか部隊全体に緊張が走る。


ボルニア国がナルヴィアを裏切った、と言うのは
僅か1週間前だ。
これに対し、ナルヴィアの将軍である
バンミリオン率いる部隊が
応戦に向かったがことごとく敗走。
ボルニアの軍は用意周到に、包囲網を縮め
ここ、アリューザ市まで攻め上ろうとしている。
その警戒のためにナルヴィア軍はガードナイト達を
アリューザ市の入口に置いていた。

 

「マーセル、城へと引き上げるぞ。ここは危険だ。」

 

上司はそう告げた。
その言葉にマーセルは、顔を真っ青にして
問いただす。

 

「我々だけで城に戻るとすれば、アリューザの市民は
どうなるのですか?」

 

と。
アリューザの街はここから目と鼻の先だ。
兵が去れば、ボルニアの兵が、
街へと雪崩れを打って攻め込んできて
おそらくは…民達は酷い方法で全て殺される事だろう。
それを知っていたからこそ、マーセルは厳しい表情で
上司の答えを待つ。

 

「市民等知らん。上からの命令では街は捨てよ、との事だ。
さぁ、戻る準備をするんだ。」

「……!」

 

上司のその言葉に、マーセルは静かな怒りを目に潜ませて
ぐるり、と街を背にするように体の向きを変えた。

 

「私は、ここでこの場を死守します。」
「は…?」

 

上司以下同僚達も、マーセルのその行動に
あっけに取られたように言葉を失った。

 

「おい、マーセル止めとけ。
命令違反は、死罪だと言う事は知ってるだろ?」

 

と同僚の一人が、止めに入るがマーセルは振り返りもしない。
上司は、かっと顔に朱を滲ませ、
鎧越しにガンっとマーセルの足具の辺りを蹴り飛ばすと
言い放った。

 

「好きにしろ。どの道生き残っても死罪。

ここで踏みとどまっても
ボルニアの大軍を一人で食い止める等と馬鹿のやる事だ。
我々は引き上げるぞ。」

 

そう言って背後でどやどやと鎧を着込んだ

兵士の重い足取りが
去っていった。
マーセルはぎりり、と痛い程唇を噛んで前方をまっすぐに
睨みつけていた。黒い人影ははっきりと、こちらへ
と近づいて来るのが分かる。

 

雨は、段々と激しくなっていく。
丁度、目の前には河川があり、守りには

適していると言えよう…
ただしそれはこちらに相手に対抗し得る

だけの兵が居ればの話だが。
マーセルのたった一人の戦いが始まろうとしていた。

 

ギィィィィン!と
剣の触れ合う硬質な音が戦場に響く。
ボルニアの兵と交戦に入ったマーセルが敵兵の
剣を剣で受け止めたのだ。


キリが無い、とはこの事だろうか。
ぬかるみに足を取られそうになりながらも
踏ん張った。
味方は無し、敵は多数、望み無し。
いや、ただ一つの望みと言えば
己を守る身長程の丈もある
巨大な鉄の盾ではあるが…
幾度目かの攻撃を防ぎそれは半分程欠けてしまっている。
盾が壊れてしまうのも時間の問題だろう。
しかし、マーセルは鬼神の如き形相と
火事場の馬鹿力とでも言うべき
動きで次次とボルニア兵を切り伏せていく。

 

相手も雨のせいで視界がままならず、
また水位の増した河川を泳いでこちらへ

と来なくてはならないので
マーセルの周囲が囲まれると言う事は無い。
天の利、地の利はこちら側にあるとはいえ
やはり無謀過ぎる戦いであった。
休むまもなく盾で受け止め、剣を突き出す。

 

ふと、上空に何かが飛来してボルニアの兵達と
マーセルはそちらを同時に見上げる。
ドラゴン。
翼持つ巨大なドラゴンが女騎士を背中に乗せて
飛んでいた。
掲げられている旗を見れば同盟軍の

兵だと言う事が分かる。
だが、加勢するかと思いきやそうではなくすぐ様
後方へと飛び去っていく。
おそらく彼女の任務は「偵察」であり、
一人で戦っているマーセルの姿を発見して
大将に知らせに行くのだろう。

 

(援軍が…?しかしバンミリオン様の軍隊は全て
城の中へと収容されたはず。何処の部隊だ…?)

 

同盟軍は、このアリューザ市の防衛に軍を割くのを
渋っていたと聞く。

ボルニアは強国、大勢の
熟練兵を保有しているのだ。
数で攻められては
やみくもにこちらの新兵を失うだけである。

 

実際バンミリオンは
アリューザに逃げ込むまでに多くの兵を失っている。
そこでバンミリオンが下した判断は、
少しでも同盟に有利なように篭城戦になだれ込むと言う事である。
同盟1千の兵に対しボルニア軍は5千の兵でもって
猛攻をかけている。

 

篭城戦に持ち込む以上は、街の守りを捨てると言う事である。
多くの貴重な人命が失われるという事である。
だが、マーセルは命令違反を犯してでも
それを捨てなかった。
己の心を忠実に、貫き通したのである。
誰に褒められる訳でもなく、絶望的な戦力差を前にしても尚。

 

ヒヒィン、と軍馬が短く嘶く声が背後から聞こえた。
今の所溢れる河川を、馬で渡ってくると

言う剛毅なボルニア兵は
居ない。となると味方か。
そこで初めて、マーセルは僅かに顔を後ろへと向けた。
その瞬間前方から、ボルニア兵が剣を突き出しガキィンと言う

鈍い音と共に
盾が粉々になってしまった。

 

「援護に来た。私の名前はシノン騎士団のリース。
そこのガードナイト、後ろへ下がるんだ。
ここは我々に任せるんだ。」

 

説得するように、馬上からマーセルへと声を掛けるは
年若い、金髪の少年だった。
軽めの鎧を着込んで、上質な紅色のマントを羽織っている。
雨が伝い、足元は泥に塗れていたが
それには構わず、マーセルの側へとやってくる。

 

「それは…出来ません。」

 

マーセルは、頑なにリースの申し出を拒否する。
己が下がれば、街は敵兵に蹂躙され…

 

「私は下がりません。どうぞお構いなく。」

「だが…我々シノン騎士団は、騎馬による
快速なる攻撃をを得意としているが
守りに徹する事に長けた者は居ない。
このままでは街の守りが心配なんだ。
君がもし街を守ってくれるのならば心強い。」

ぱっと、その言葉でマーセルの顔が明るくなった。
この若き指揮官は街を守る事を念頭に置いている。
それならば、その少年の指揮下のもとで
動くのが最良の方法だと判断出来た。

 

「そういう事なら喜んで。後は…申し訳ないですが
予備の盾がありましたら渡して頂けますか。」

 

とマーセルは次々とリースの周囲に集まってくる
頼もしい騎士団の面々を見ながら告げた。
マーセルにとって彼らは、死地に赴く決意を
していた己の救世主のようにも
見えただろうか。

 

こうして後にシノン騎士団の守りの要と

なる騎士マーセルは
サーガの表舞台に登場する事となる。
彼は、常に己の義を貫き弱きを助け、主君である
リースを守り抜いたと
後世にまで伝えられている。

 

~終~