徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ・7週目ミニ小説・第十三章「沈黙の街」~another side~

カルマールの家の敷地内にある、馬小屋の前で
一人の赤毛の少女が佇んでいた。


盗賊と呼ばれる類の身のこなしの軽い少女、
その名はセネである。
心配そうな顔つきで、馬小屋の前を行ったり来たりしている。

 

彼女が、身を案じているのは自分の大切な
愛馬ティコの事だ。

程なくして、小屋の中からカルマールが一人出てくると
セネは飛びつくようにして駆け寄り、
声を掛ける。

 

 

「カルマールおじさん、ティコの様態は…!」

 

「ああ、手当てをしたので大丈夫だ。

セネの、応急手当が的確だったんで

出血の方も問題ないよ。
気が立っているので、明日までは
顔を合わせず安静にしておいた方が良いぞ。」

 

 

この前の戦場は、人馬入り乱れる激戦だったので
その戦いの中でティコは足に負傷した。
幸いセネは無事だったけれど、
まるで我が事のように、ティコの身だけを
案ずるその様子は、正しく「取り乱した」と言う
形容がぴったりな程であった。


戦友のクレイマーが、セネをなんとか落ち着かせようとしたが
セネは、それこそティコの側を離れようとせず
傷ついた足の怪我を応急処置したり、
ティコに話しかけたりしてまるで馬の事しか眼中に無い様子で。
セネにとって、ティコは親友であり子供のような存在であり、
大切な掛け替えの無い存在なのである。

 

 

「ティコ…ごめんね、あたし明日までここで居るから。」

 

夜空の下、馬小屋のティコに向けて発せられた
言葉はおそらくカルマールの耳にも届いていた事だろう。
しかし、カルマールはセネの気性を知っていた物だから
黙って何も言わずその場を離れていく。
一言こう言い残して、だ。

 

「風邪、引くんじゃないよ。」

 

と。

 

 

その場に残ったセネは馬小屋に背中をもたせ掛けるようにして
座り足を両腕で抱えそのままの姿勢で身じろぎもせず、
考えていた。

 

 

思えば、リース公子の軍に所属するようになってから
一年近くが過ぎようとしている。
その戦場の中で、セネは人の命が簡単に奪われるのを
真近くで見てきた。
ある味方は敵兵の槍に刺され、ある敵は味方の軍の
刃に倒れた。
そしてセネ自身も、敵の血で真っ赤に染まった
ダガーを持ち呆然としていた事もある。
血は、暖かくぬるりとしていて
今まで確かに、人間が生きていたのだ。
と言う重みがあった。

 

その重みは、戦場に立つ誰もが背負っている物だ。
誰もが経験し、その重さに震える…
一度は通過する体験なのだ。
セネは、敵兵の喉元にダガーを突きつける度に

その肉を裂く度に
足が軽く震え心が拒絶反応を示している
のを感じる。
人の命を奪う事、それは何時まで経っても慣れそうになかった。

 


(リース様はこの戦争を終わらせようとしている。
戦いが終われば、ティコももう戦いに赴かなくてもいいんだよね…。)

 

ティコは優しくて大人しい馬だ。
本当なら戦いになんて出したくない。
戦いは、大義名分こそあれ残酷な物なのだ。
血なまぐさくて、暴力的な物だ。
そして、その結果ティコは傷ついた。

 

鋭い矢が飛んできて足をかすめたのだ。
がくん、とティコの体が崩れ落ちバランスを
欠いた時、セネは悲鳴のような声を上げていた。
ティコを失うのは、嫌だ。
自分がかつて、幼い馬「ティコ」の命を守れなかったように
今回もまた……そう考えると自然に
その場から退却して後で命令違反だと
ウォードから怒られる羽目になるのだが…、
リースはそのセネの気持ちを汲んでくれたかのように
厳しい事は一切言わなかった。

 

 

セネが、かつて己の故郷に居た時
一頭の仔馬を与えられ
その世話を全面的に任されていたと言う事は
一部の人しか知らない事だ。
そして彼女がタニア族と呼ばれる馬との絆を
大切にする一族であると言う事も。

 

 

そんな彼女を揶揄して、「まるで馬が恋人のようだ」
と表現した者すら居る。


ふとセネは、座ったままの姿勢で
だが耳ざとく何者かの気配を察するとそちらへと
視線を投げかけた。
かつてセネをからかった張本人…
カルマールの息子エノクが毛布を持って
やって来たのを見れば
ほっと胸を撫で下ろし。

 

「おい、セネ。毛布持って来てやったぞ。
親父が、持って行けとうるさかったからな。」


ぶっきらぼうにエノクはそう言うと、
座り込んで居るセネの肩口へと押し付けるように
毛布をかぶせてやる。
柔らかな毛布の感触に、セネは

 

「ありがと。エノクには何時もお世話になってるよね。」

 

「どうしたんだ、セネらしくも無い。妙に素直だな。」

 

「ん~、あたしってばこのナルヴィアの街に来てから
色んな人のお世話になって生きてきたからね。
その事を改めて、実感していたの。」

 

「ところで、ティコは大丈夫なのか?」

 

「うん、カルマールおじさんに診て貰って
今は大丈夫…なのかな。
本当は側で見てやりたいけど、
駄目って言われているからここに居るんだ。」

 

「そうか。何時見ても、お前とティコは仲睦まじいな。
信頼、って言うのかな。そういうのが見えるんだ。」

 

「あ、エノクにしては偉そうな事を言うじゃないの!」

 

「何を!」

 

そうやって軽口を叩いている間は、
少しだけ気が晴れた。

勿論ティコの事は今でも心配だけれども
こうして無事ナルヴィアに帰還して、
手当ても受けたのだ。
何より、もう危険な場所に居る訳ではないと
自分に言い聞かせれば
心も軽くなると言う物だ。

 

 

「ね、あんたもここで居てよ。話し相手欲しいしさ。」

 

「なんで、俺まで!巻き込むな!」

 

「あはは、いいじゃないの。どうせ暇なんでしょ!」

 

 

渋々と言った様子で、その場に居残るエノクと
少し本来の明るさを取り戻したセネは
そんな調子で、わいわいと話をしつつ
馬小屋の前に陣取るのであった。


ヒヒィン、と一声夜闇の中を馬が軽く嘶く声が
聞こえたとか何とか。
それがティコの嫉妬の声であったのか、
はたまた元気を取り戻したセネへの安堵の声なのかは
知るべくも無く。

 

 

~~~終~~~