徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

ベルウィックサーガ・7週目ミニ小説・第十一章「流血の谷」~another side~

華美な装飾品も最早要らない、

着飾るためのドレスも
要らない…あるのは、父の仇を討つ覚悟と
祖国リアナの復興を願う心だ。
アイギナは、
だが女としてある一人の男性にどうしようも
無く惹かれている自分を自覚していた。
恋等、今の自分には不要の物である事は
自覚している。



しかし自分の心は偽れない。

 

今日も、ナルヴィアに与えられた
自分の部屋を出て
立ち寄るは酒場の方角だ。
名目としては、そこで働いている
自分の侍女ロゼリーの様子を見に行くため。
その実情は、この酒場に良く居る男
シェルパに会いたいが為に。
立場上、決して本心を見せることは無いが、
そこに、酒場の中央で酒を飲み食事をしている
シェルパの大きな背中を見てそっと頬を染める。

 

(姫様ぁ、顔に心情が出ちゃってますよ。)

 

はふぅ、と軽くため息を付いて酒場のカウンターの奥から
目ざとくアイギナの姿を見つけては
ロゼリーは内心冷や冷やしつつ

主君の様子を見守る。
頬を染めたアイギナは、普段の高飛車な様子の
王女ではなく、普通の一人の女の子に見える。
おそらくそれがアイギナの素顔なのだろう。
はらはらしつつ、アイギナを見守るロゼリーは
今度はシェルパの様子をちらりと窺う。

シェルパは
何時もの通り黙ってもくもくと食事を口に押し込み咀嚼し
酒の入った杯を傾けている。
と、その片目がアイギナの方へと僅かに向いた。
アイギナはそれに気が付いていない。

 

(姫様!姫様ーーーー!思いっきり気づかれています。)

 

歴戦の戦士であり傭兵であるシェルパにとって
人混みの中とは言え
アイギナ
一人の気配を感じる事など造作も無いのだろう。
ふ、とアイギナからは見えない角度で
片方の頬を持ち上げ笑う素振りを見せるシェルパ。
だが、その調子ではアイギナの
本心を察しているとは思えない、と言うのが
ロゼリーの見解だった。

 

(姫様は素直になれなくて、シェルパ様は鈍感で…
ああ、なんだか見ていてもどかしい!)

 

ロゼリーは、カウンターの前に座る客にとんっと
酒の瓶とグラスを置くとまたもや
2人の観察へと戻っていく。
今は、仕事中なのに他人を観察しながら
仕事もこなすというのがロゼリーの凄いところである。
そんな器用さを発揮しつつも、未だに
シェルパと姫様の仲を取り持つという事が
出来ないでいるのはロゼリーの欠点と言えなくも無い。
何故かそっと成り行きに任せて見守りたいと
言う気持ちもあるのは確かなのだ。
そんな中、ロゼリーがふと思い出す懐かしい顔はと言うと。

 

前に出会ったケイと言う山岳の民を名乗る女性。
彼女はシェルパと同郷の者だと言っていた。
アイギナとロゼリーの前に姿を現した
その女性は、シェルパの事を心から
慕っていたようだった。
だが、ケイは故郷へと帰っていった。
帝国と戦う為に。
祖国を取り戻す為に。

 

(あ…姫様と何だか境遇が似てますね。)

 

と言うのがロゼリーの感想である。
今頃彼女はどうしているのだろう。
その細い腕に武器を携え、仲間と共に戦っているのだ
ろうか?
思い巡らすも、戦いをした事の無いロゼリーには
想像の域を超える物であった。

 

「嬢ちゃん、酒のお代わりを頼む!」

 

傭兵風の男が、酒臭い息を吐きながら
赤い顔でロゼリーに声を掛けてくる。

 

「はい!」

 

ロゼリーは、店主アレックスから
酒の瓶を受け取ると、カウンターに座った男に
それを差し出す。
ここは、男臭くまた雰囲気もあまり
良くない…
アイギナにはあまり長くここに居てもらいたく
無いと思う反面、
アイギナがここに来るのは自由なのだ
と言う相反する気持ちで心がいっぱいになる。

 

(姫様に何かあったら、私は…!)

 

勿論ロゼリーの目の届く範囲でならば
姫様を全力で守るつもりだ。
それにシェルパも居るのだ。
いざと言う時には
彼が姫様をかばってくれるに違いない。

 

(でもシェルパ様は気まぐれな所があるから…
うーん??)

 

今までのシェルパの行動を見るに
100パーセント仲間を守るようには
動かないように思える。
どちらかと言うと、
守られる側の人間の自主性を尊重しているような
そんな気さえするのだ。
でも、そんな話聞いたことが無い。
普通の人間ならば本人の
自主性云々を言う前に
全力で仲間をかばおうとするだろうに。

 

「…様、姫様っ…!」
「あっ、ロゼリーどうしたの?」

 

仕事の合間を縫って、カウンターの奥から
アイギナに声を掛ける。
案の定、アイギナは吃驚したように
こちらを見てきた。

 

「姫様、シェルパ様はもう戻られるようです。」

 

見ればシェルパは食事を終え、
酒瓶に残った最後の酒を
飲み干し帰り支度をしていた。


「なっ、…シェルパは関係無いでしょう!
私はロゼリーの様子を見に来ただけです!」
「でも姫様…うぅん、シェルパ様に
声を掛けてみて一緒に戻られては如何ですか?」
「何故、私がそんな事をしなくてはいけないの。」

「だって、姫様。」

 

(傍から見るとシェルパ様の事が好きだって顔に
書いてあるもん。)

 

内心言葉を続けるも、それをはっきりと

口に出す事はしない。
何となく口に出してしまったら、
姫様のプライドや立場ががらがらと崩れてしまいそうで…。
でも、応援したい気持ちは人一倍、いや三倍ぐらいはあるのだ!

 

「ここは治安が悪いので…何か姫様に悪い事が
降りかかったら私…どうすれば。」

 

ちょっと小声になり。そして、
隣のアレックスが傷付いたような顔をするのを
横目に見ながらアイギナにそう声を掛ける。

 

「分かったわ、ロゼリーがそこまで
心配してくれるのだったら、私は一人で戻ります!」

 

アイギナは、踵を返すと酒場のドアを

開けて外へと出る。
遅れて、シェルパも勘定を済ますと
ゆっくりとした足取りで外へと出て行った。

 

「あの2人、見ていると応援したくなるな。」

 

店主アレックスが、2人が出て行った後に
ロゼリーに気さくにそう声を掛ける。

そう、気づいて居ないのは当人達だけなのだ。
アレックスも、シェルパ達の心情にしっかりと
気づいている
と言う訳で。
かちゃかちゃとグラスを磨きながら
アレックスは、
2人が出て行ったドアの方角を見ている。

 

「ええ、影ながら応援しておいてくださいね、マスター!」

 

ロゼリーは明るくそう言うと花のような笑みを見せた。

 


「おーい、ウォッカを頼むぜ!」
「こっちにはエール酒だ。早くしてくれよ。」

 

今日も酒場は大盛況。
ひっきりなしに客が詰めかけ
注文をして行く。
ロゼリーは、忙しく立ち働きながらも
順調に仕事をこなして行く。

 

(今頃姫様はどうしているかなぁ。)

 

なんて心の片隅にあるのは、アイギナの

心配ばかりだけれど
今日もナルヴィアの酒場は穏やかな時間を刻むのであった。

 


~~~~終~~~~