徒然の都

ベルウィックサーガ、ファイアーエムブレム聖戦の系譜&if、過去のSS置き場。

【オリジナル小説】 アナザー・ワールド 序章

序章 「砂漠に降る雪」

に、げろ。逃げろ。魔の者だ。
旅人が加わっている小隊は、突如喧騒の中に
飲み込まれた。
顔を引きつらせて叫ぶ、商人の一人は
たちまち砂の中に飲み込まれていく。
ここは広い砂漠の中心。
通称リスタ・ワル砂漠と呼ばれる
人を寄せ付けない魔の地域である。
ざざ、ざざ…と砂が陥没して小隊の真下に穴を
開ける。


うわ、ああーーー!


荷物を載せたラクダごと、商人達は砂の穴の中へ。
穴の奥には無数の蛇を毛のように

頭に巻きつかせた黒き巨人
が口を開け大きな手を伸ばして待っていた。


がりっがりっ、ごくん。
咀嚼する音と、血と肉の匂い。
ベージュの粗末な麻布で作られた
旅人の青年は、わき目も振らずに
その場から逃げ出した。
この砂漠地帯の中で孤立する事は
即ち死を意味する。
だが、それでも旅人は砂の中の「魔」に食われるぐらいなら
と一生懸命足を動かして額に汗を流しながら
小隊から離れる。
時刻は昼過ぎ。昼間からの惨劇に、
無念の叫びを響かせながら商人達は散り散りになった。

 

はぁ、はぁ…
息を切らして早足から徐々にゆっくりと歩を緩め
息を付く。そして振り返る。
その旅人の名前はルーマ。
今年で20になる若者である。
腕にやや覚えのある若者特有の無鉄砲さで
砂漠に眠る宝を持ち帰ってやろうと
曲剣を片手に単身乗り込んだのは良いものの、
途中で食料と水が尽きた所を
商人の小隊に保護されたと言う情けない経緯を持つ。
それから商人の護衛として雇われ
なんとか水と食料を分けてもらいつつ
ここら付近まで来たのだが。
この有様である。
振り返った先は砂の中に開いた大穴が
ざざあ、と閉じていく様だった。
自分がもし飲み込まれていたらと思うと
ぞっとする。
小隊の殿(しんがり)を務めていたが故に助かった命だ。
岩の陰に身を隠すようにして座り込みながら
さて、これからどうするかと思案顔で顔で顎の
薄い無精髭を右手で
撫でる。
光の加減で青色にも見える黒に近い髪に
汗を光らせつつ、水の残りを確かめるように
水の入った皮袋を
振った。
ちゃぽん、生命の源である水の量は半分程。
明日まで持つかどうか。
また誰かに助けられると言うラッキーを待ちながら
ここで座っているのも一興とばかりに
あぐらをかいて暫し汗が収まるのを待った。
じりじりと熱が天から放射される。
暑い。
だが夜になれば幾分か気温が下がり涼しくもなろう。
その分獣達が襲い掛かってくる可能性も高くなるのだが。
特にこの砂漠に生息する様々な形態の魔の者と呼ばれる
獣を更に凶悪にした異形の魔物は、厄介な存在である。
ふう、と岩に頭を乗せてそのままだらりと力を抜いて
暫し休憩する。
成るようになろう、風の向くまま気の向くまま…
今までだってそうやって来たではないか。
元々天蓋孤独の身だし、家族だって居ない。
と投げやりな方向へ、思考は向く。

と、天の方へ向いていた視線が何かを発見する。
幾分か遠くに見えるのは、明らかに砂漠の空に不釣合いな
黒雲。ぐるぐると渦巻くそれは、
みるみる内に広がって行き、
その次に見たのはちらちらと降ってくる白い何かだった。


(…これは。)


訝しげに前方を見る緑の瞳に写るのは
紛れも無く雪。
積もるとまでは行かないまでも
激しく降る雪はうっすらと砂の表面を覆っていく。

 

(何が起こっている?)

 

雪を見たのは人生の内でこれで2度目だ。
しかしまさか砂漠でそれを見ようとは想像も付かなかった。
ふと遠くに人影を複数見たような気がして
そちらの方へと歩んでいく。
                   ~続~